名古屋市立大学 大学院人間文化研究科/人文社会学部心理教育学科天谷祐子研究室 Amaya Lab.,
Graduate School of Humanities and Social Sciences, Nagoya City University

Contents

研究内容

2013年9月ローザンヌ(スイス)・レマン湖畔

「私」「自己」とは何でしょうか。「私らしさ」とはどのようなものでしょうか。「私」とは、一番身近なものでありますが、そのとらえ方やそれが日常生活のありように及ぼす影響について、研究し尽くすことはないでしょう。

また、「私」について突き詰めて考えようとすると、抽象度が高くなり、哲学的なアプローチとして取り組まれることも多いと思います。天谷研究室では、(無謀にも?!)心理学的なアプローチにより、「私」「私らしさ」「自己」の問題に取り組もうとしています。

1. 高齢期における「私」のあり方と、発達課題の受容・死生観の醸成の関連

 Erikson(1950)による心理社会的発達理論における老年期の発達課題は「統合」対「絶望」とされています。それまでの唯一の人生をまとめあげ、受け入れることが重要になってきます。その作業を通して、自身の死を受け入れていくことにつながっていくとされています。日本の高齢者について、自身の人生を振り返り、まとめる作業をしていく中で、唯一無二の「私」について考えをどこまでめぐらすかが、この時期の発達課題や死生観のありように影響をおよぼすのではないかと考えています。「私」のあり方、老年期の発達課題の受容、死生観の三者の概念について、データを集めて影響関係を明らかにしたいと考えています。

 直近では、自我体験の経験や死生観、宗教的態度について、65歳以上の高齢者に2年の間隔を空けて2回調査を行い、分析しました。その結果、自我体験について考えたことがあることが、2年後の死への関心を強めることがわかりました。また人生における目的意識を持つことが、2年後の死からの回避を弱める(死を避けない)ことにつながることがわかりました(この知見は前川ヒトづくり財団の助成金を受け、研究が行われ、2021年3月の日本発達心理学会で発表されました)。

 また、前段落の2回目の調査にて、自我体験の経験を通して自身のかけがえのなさを考えることや、自身の死を含めた死そのものについて考えることにより、Erikson(1950)による高齢期の発達課題である「統合」やTornstam(1989)による「老年的超越」にポジティブに寄与するのではないかという仮説を検証しようとしました。結果、死から回避せず、かつ人生の目的を考えることが、発達課題「統合」に寄与することが示されました。しかし、死への関心が高いことや自我体験の経験があることは、発達課題「統合」に負の寄与をしていることがわかり、この部分は仮説と逆の結果となりました。「老年的超越」は取り上げたどの変数とも関連が見られませんでした。高齢期の人にとって、その人自身の人生で何をしてきたかと自我体験の経験で考えることは異なることがわかりました(この知見は前川ヒトづくり財団の助成を受け、2021年9月の日本心理学会で発表されました)。

 2022年3月の日本発達心理学会では、高齢期から超高齢期に向けて、社会的活動や趣味(カルチャーセンターへ行くこと・スポーツ・旅行等)に、自己の内面に向き合う活動(死生観・宗教的態度・自我体験の経験)を加えて、高齢期の活動に関わる項目群を用意し、70歳~74歳、75歳~79歳、80歳以上の高齢者の方に、オンラインでお尋ねした結果を発表しました。高齢期の活動の程度が、この時期の発達課題である「統合」や、超高齢期の特徴である「老年的超越」(Tornstam,1989)に及ぼす影響を調べました。結果、80歳未満だと、スポーツ・旅行・趣味といった活動が「統合」に影響を及ぼしていましたが、80歳以上では全ての活動の影響が消えました。代わりに80歳以上では目的意識を持つこと、死を回避しないこと、自我体験を経験しないことが「統合」に影響していました。一般の高齢者の方向けのパンフレットも作成しました(こちら)。(この知見は公益財団法人北野生涯教育振興会の助成を受けました。)

 2024年3月の日本発達心理学会では、第2段落・第3段落の計2回の調査に加え、第3回の調査を実施した結果を発表しました。第1回調査から4年間の縦断研究の結果、高齢者の死生観のいずれの得点についても明確な変動が見られませんでした。ただ、第1回調査時点における「死への関心」に対しては、同時点における宗教観、特に死後観を許容すること、自我体験の経験があることが、値を高めていました。また第1回調査時点における「人生における目的意識」に対しても、同時点における宗教観の高さが同じように値を高めていました。この知見は公益財団法人大幸財団の助成を受けて実施されました。

2.児童期・青年期における「私はなぜ私なのか」という問い

 小学校高学年から中学にかけて、ふと「私はなぜ私なのか」と考え始める場合があります。「自我体験」と呼ばれています。そのような問い-自我体験-についてとても考える人、何気なしに考える人、そんなこと考えたこともないという人がいます。自我体験を経験する人とそうでない人の間には、発達的にまたは個人差的に違いがあるのか、またとても考える人とそうでもない人の間で、その後何らかの違いが出てくるのかについて興味関心があります。文化的な違いについても将来的に研究できたらいいなあと考えています。

3.子ども時代の「知的こだわり」活動のキャリア発達への寄与

 小学校入学前から中学頃にかけて、特定のモノ・コト・人物に詳しくなる追求行動としての活動が見られることがあります。いわゆる「はまった」「こだわった」活動で、例えば絵を描くことにはまった、プラモデルにはまった、などです。そのような活動が、その後のその人の「生きる支え」となったり、進路選択・職業選択に関連したりする可能性を推進する方法を模索しています。もちろん、学校で展開されているキャリア教育やその関連の活動と連関すればより良いと考えています。

 公益財団法人日本教育公務員弘済会より令和4年度日教弘本部奨励金の助成を受け、既に大人になった人1000名を対象に、子ども時代の「はまった」「こだわった」活動が、その後のキャリアにどのようにつながったかを調査しました(2022年10月にオンラインで実施)。その結果を整理し、キャリアについて具体的に考え始める時期である中学生頃の方が参考にしやすいように、パンフレットを作成しました(こちら)。同じ「はまった」「こだわった」活動であっても、その後のキャリアへのつながり方が一つではない、また思わぬ職業につながっていることがおわかりいただけると思います。

4.その他

(1)ビッグファイブ

 「外向性」「神経症傾向」「協調性」「勤勉性」「経験への開放性」。この5つのパーソナリティ特徴は「ビックファイブ」と呼ばれます。ビッグファイブを扱った研究は、心理学のみならず、心理学以外の様々な領域で扱われています。これらビッグファイブが、健常な青年・成人の人たちが日常生活を送る際にどのようなふるまいの違いとなって現れるのかに興味関心があります。

(2)青年期を中心とした親子関係・夫婦関係・恋愛関係・友人関係に関わるテーマ

 発達心理学には様々な重要なトピックがありますが、その中でも特に関係性にかかわるテーマに興味関心があります(大きなくくりでは「社会情動的発達」にあたります)。特に、青年期にある子とその親である親子関係、青年期の恋愛関係とその後の夫婦関係、青年期の友人関係に関わる研究に興味関心があります。

 これらの関係性はあまりにも身近なので、経験上理解・研究できそうな感じがしてしまいます。しかし、身近であるがゆえに(?!)、とても沢山の先行研究・理論があります。本格的にこれらの研究をしようと考える場合、相当の先行研究の読み込みと文化的視点を持つこと、自身の立ち位置の明確化が求められます。そのような現状があってもなお魅力的なテーマだと思っています。

(3)その他

 自己開示、自己卑下、自己概念、自己形成…。「自己」と名の付く様々な構成概念があります。これらの「自己〇〇」にかかわるテーマに興味関心があります。特に児童期後半から青年期にかけての時期の方々のそれらの特徴に興味があります。

PAGE TOP